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ご無沙汰しております(汗)
久しぶりの更新が、年末のご挨拶となってしましました・・・。

今年も仕事納めの日がまいりました。
・・・が、スイミングの仕事と別に、今年から自分のお店もはじめましたので、スイミングは仕事納めになっても、自分のお店の仕事は全然まったくサッパリ納まっておりません。納まる気配すらナシ(汗)

そもそも、とりたてて「自分のお店を持ちたい!」と思っていたわけでもなく、「着物の仕事がしたい!」と思っていたわけでもなかったのですが。
縁があって、チャンスがあって、必然があって、偶然のように見せる必然があって、今年早々にきじばとやを開業いたしました。

本当に手探りの日々で、仕事の神様が送ってくださる波に、なんとか板きれにしがみついて、沈まないように押し流されないように必死に水をかいて泳いでいたら、気が付くとこんな遠くの沖にいた・・・という感じで、今日にいたります。

今年は本当に、駆け抜けた1年でした。
正直、開業以降は自分の時間は全くなくなり、家のことも全然できなくなることもあり、家族には本当に迷惑をかけたと思います。
けれど、朝は5時に起き、夜は2時3時まで仕事をして、『自分の時間はトイレと通勤の運転時と、お風呂での15分の読書のみ』という毎日をすごしているのを見ているせいか、カブトも息子も文句ひとつ言わずに、つきあってくれました。
ここまでしてくれているのに結果を出さないわけにはいかない、と自分にムチ打って・・・と書くと美しいのですが、実際はあれです。
「とにかく楽しい!」のひとことに尽きます。
自分のお店、自分の仕事というのは、こんなに楽しいのか。
自分で考え、自分で決め、自分で動いて、自分で工夫して、自分で責任を取る。
でも、「ありがとう」のひとことも、私に届く。
こんな幸せなことはありません。

45歳、いろんなことを知った年でした。
この年齢で、こんなに視点が変わるのか、と自分でも驚くほど、全てのことの見え方が変わりました。

来年はどうなるのか、私にもさっぱりわかりませんが(その前に、この仕事がいつ納まるのかもサッパリわからない)、支えてくれた皆様や、応援してくれた皆様に恥ずかしくないように、がんばっていきたいです。

息子も来年は小学生になります。
こうしたブログで、自分のことを大っぴらに書かれるのを嫌がる日もくるのかな、と思い、こちらではあまり画像や近況を載せなくなってしまいましたが、やはりブログを消す勇気もなく。
少しずつ、「みんな元気です」 という発信はしていきたいかな、と思っています。

このブログを読んでくださっている皆様(いくらさんとオヤジさんくらいかな 笑)、今年もこんな閑散としたブログにお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。
皆様がコメントをくださることは、本当に励みになります。嬉しいです。

来年もどうぞ、よろしくお願いいたします。


地区の運動会の、飴くい競争にて
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2016.09.09 夏のおもいで
お久しぶりでございます。
このブログを見てくださっている方も、もはやいないのではないかと・・・(笑)
ですが、「元気です」の意味もこめて、夏の思い出を書いてみます。

息子も、来年には小学生!
なので、時期はずれに長期休みが取れるのも今年が最後と思い、博多祇園山笠の時期に合わせて、帰省してきました。
本来は、博多にある櫛田神社の氏子たちの神事なので、福岡っ子の私の息子は山笠には出られないのですが、ずっと山に出ている地元の方の好意で、息子も出られることになりました!

山笠は2週間くらいかけて行われるのですが、さすがにそれ全部に出ることは難しいので、5歳児の体力と、帰省中の用事との合間をぬって、1日おきに参加させていただきました。
山笠は、とにかく走る!!走る!!!走る!!!!神事なので、「まあ、きっと走れないだろうから、途中ですぐにリタイアするだろうな」と思っていたのですが。
『集団山見せ』(詳細はググってください 汗) でいきなり3キロ走り、しかもまだ走れそうだった息子。
このとき、「子供の限界を、親が勝手に決めてはいけないんだ」 と痛感し、本番の 『追い山』 は、最後まで一切 「だいじょうぶ?」 と聞かず、とにかく脱落したら受け取ろう、と決めて、夜中の2時半(追い山は4時59分に一番山が走るので、こういう時間に集合します。山には親はついていけないので、子供だけで行かせて、山の世話してくださる方に託すのです)に送り出しました。

私とカブトと、私の弟たちとで、櫛田神社を出てくるルートに先回りして待機。
こんな夜中に、息子がどこにいるのかすらも分からない状況・・・。
私たちもそうだけど、息子たちも、一番山までの2時間、ひたすら神社の境内で待たなくてはならない。
親と一緒でも、30分の行列だって待てないのに、これじゃとても走れないだろうな・・・。
と、思ったら!!

走ってきた!!
しかも、全然走れそう!!!

「やばい、これは走るかも!!私は打ち合わせどおり、撮影ポイントに移動して先回りするねっ!」
カブトと弟たちは、先走り(子供たちが山の先触れとして走る)について、歩道を走る。
私はすべて走るには体力と足に自信がないので、あらかじめ打ち合わせておいた撮影ポイントにショートカットしながら先回り。
「もういないかな」 と思って待っていると、ちゃんと走ってくる!!しかも、かなりのスピードで!!
5歳児にあれは、もう全力疾走と変わらないのでは・・・(@_@)

そして結局、6キロすべて走りきりました!!
コースの最終地点の、『廻り止め』 の幕が見えたとき、母は泣きましたよ・・・。

息子はいつの間にか、大きく成長していました。

母は完走できなかった距離を、5歳の息子は完走した・・・
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今回は2週間の長い帰省だったので、

みんなでシーカヤックやったり
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ホテルのプールでおよいだり
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楽しい楽しい、夏でした!!


息子は真っ黒に日焼けして、遊びすぎて食欲をなくしてビルマの僧侶みたいに痩せほそり(笑)、いろんな人と会って、いろんなことをやって、いろんな方にお世話になって、ひとまわりもふたまわりも大きくなりました。

あっ、私も、おかげさまで新しい仕事も順調で、忙しくがんばらせていただいております!
こんなに忙しいのに、なぜ痩せぬ・・・・・。


次の更新がいつになるかわかりませんが(汗)、家族3人元気でやっております!!















今朝見た夢。

私は、A硝子に勤務していて、ある案件について調査中である。
それは、『ある女性』に関すること。
以前から、その女性の周りではものがなくなったり、お金の流れがおかしかったり、ということが続いていて、私と上司で何度も調査をしているのだが、どうしても突き止められない。

彼女の名前は、『大林さん』。
20代の、普通の女性。どう見ても普通の女性なのに、彼女の周囲ではいつも、不可解なことが起きる。
彼女が関わっていることは明白だ。
そして今回は、人が消えた。

大林さんの周囲でおかしなことが起きるので、他の社員もなんとなく「証拠を残さないけれど、彼女が横領しているのだろう」と思っている向きがあった。
当然、そういう態度になる。
仲良くしていたランチ仲間も彼女を誘わなくなったし、テニス部や華道部からも、彼女は『穏やかな排除』を受けた。
彼女のいない給湯室では、ひそひそ声で会話がなされる。
それでも彼女は気にする風でもなく、毎日淡々と出社していた。
が、今回の長期休暇明けに、彼女と『静かな諍い』をしていた数人が、消えた。

消えたのは、ナカバヤシ、シバヤシ、コバヤシ、の3名。
大林さんと4人で「あたしたちハヤシつながりだね、ハヤシ会だね」と、よく一緒にランチなどをしていた(そして今では彼女を一番排斥していた)3人だ。

長期休暇明けの火曜日の時点で、3人とも無断欠勤2日目。電話にも出ない。
一人暮らしのアパートを訪ねても留守。
事故にあったという連絡もないし、何の手がかりもない。
ただ、同僚たちに聞くと、「大林さんからダイビング旅行に誘われたと話していた。最近は大林さんと仲良くしていなかったのに、変だねと話していた」という。
大林さん本人も、出社していない。

どう考えてもおかしい。
きっと、大林さんがかかわっている。
嫌な予感しかしない。
大林さんのアパートに行くために、電車のホームに立つ。
「・・・・大林だと思うか?」
と聞く上司に、
「考えたくないですが、そうだと思います。あの3人とは一番こじれてましたから」
と答えた。
電車が来る直前に、上司がふらついて、線路に落ちそうになった。
「あぶない!」慌てて上司の腕を引く。
上司は真っ青な顔でつぶやいた。
「・・・・・誰かに押された。」

慌てて周囲を見る。
いない。
ホームを走り、エスカレーターを駆け上がる。
いない。
もう逃げたか。
すると、死角から誰かに押されて、階段を落ちた。
幸い、数段落ちたところで人にぶつかり止まったが、全身ががくがく震えた。
大林さんだ。間違いない。
私たちが気づいたから。
これは警告なのか?いや、排除だ。
きっと、ハヤシ会の3人も、無事ではないだろう。

会社に戻って報告すると、ちょうど産業医からの報告があるというので、会議に加わった。(なんと産業医は高木ブーであった)
「実は、以前に行ったテストで、彼女には気になる点がありました。異常な自己中心性。特に問題ではないと思っていましたが・・・」
そこまで話したところで、産業医高木ブーが胸を押さえて苦しみだした。
「救急車を!」
運び出される高木ブー。担架がエレベーターに運ばれる。

これもなのか?ただの偶然?いや、偶然にしては・・・でも、どうやって?
そのとき、エレベーターホールに轟音が響いた。
「エレベーターが落ちたぞ!!」

怖い。私なんかにできるわけがない。
横に立った、上司が私に尋ねる。
「イイダさん、できますか。証拠がないんです。これでは警察も動いてくれません。証拠さえあれば」
・・・・・怖い。
「怖い。怖いです。私なんかにできるとは思えません。・・・でも」
でも既に、私は狙われている。
やるしかないのだ。彼女を見つけるしかない。
でも、どうやって?

薄暗い非常階段の踊り場に、ふと彼女の姿が見えた。
彼女は確かに、私を見て笑っていた。
足が動かない。彼女を追うこともできない。

というところで、目が覚めた。
今朝見た夢。

私はいつの間にか、知らない場所にいる。
ここはなんだか、おかしい。
ものの見え方や、手触り、においも、全てに違和感がある。
そもそも、私はどうやってここに来たのか?それも分からない。
戻りたいのに、どうやって戻ればいいのか分からない。

途方にくれていると、ある部屋のドアに行き着いた。
なんとなく、「ああ、やっと着いた」という気持ちがあり、ドアに手をかける。
中には10人ちょっとくらいの人がいた。みんな知らない人ばかり。
でも、ここにたどり着くまでは誰とも出会わなかったので、やっと人に会えてほっとした。
私はその部屋の中で、何日?何十日?何ヶ月?時間の感覚が分からないその部屋で、仲間たちとすごした。

すごしているうちに、私がなんとなく理解したのは、ここは『意識の部屋』だということ。
名前がついているわけではなく、誰かが説明してくれたわけでもなく、自然と理解した。
つまり、私たちは実体が伴った人間ではなく、意識のみがここに存在するのだ。
では、体はどこに?
・・・・それぞれの場所に。
意識が離れた植物状態となって、それぞれのベッドに横たわっているのだ。
部屋にいるメンバーは、それを理解している人もいれば、まだ気づいていない人もいて、そして、それすらも忘れて意識体としての自分が、元の自分だと思い込んでいる人もいる。
でも、自分を忘れてしまった人は、戻れない。
だからといって、覚えていたって、戻れるとは限らない。

あるとき、ずっと気になっていたことを仲間に話した。
「不思議なんだけど、どこにいても、何をしていても、おでこのところに冷たい風が当たって、すごい嫌なの。これ何だろう?」
「ああ、きっと、あなたの体にそういう風が当たっているのよ。意識がこちらにあっても、感じるものは感じるからね。扇風機かな、窓かな」
「すごく嫌だな。ストレスだ。どうしたらいいのかな」
「それって、嫌だよね。いってみる?体のあるところに」

『意識の部屋』は、誰かの体のある世界に合わせて移動するのだが、そのためには多くのエネルギーを消費するため、そうそう簡単なことではないらしい。
さらに、『意識の部屋』は、常に誰か1人はいないと、部屋が消滅してしまうらしいので、あまり部屋を移動させるなどということはやらないらしいのだが、「体の一部分に常に風があたるのは、体のためにも良くないし、イイダさんは一度も戻っていないし」ということで、やってくれることになった。

気がつくと、私は母のアパートの部屋の前にいた。
ああ、ここはいつもの景色。いつものにおい。
私のいる世界だ。
そっとドアを開けると、薄暗い玄関に、大きなボストンバッグが置いてあり、奥の部屋で母が支度をしている音が聞こえる。
それだけで、全てが分かった。
母は、病院で横たわる私の世話をするために、着替えやタオルや、いろんなものを準備しているのだ。
母なら分かってくれる。
私は母に会うことも、話すこともできないので、いつも使う水色の便箋に、いつものペンで走り書きをした。
思うように手が動かないし、実際のモノをさわって意のままに操ることは、今の私には到底難しいので、これだけ書いた。
「おでこに風があたります」
私が手紙を書けるわけはないし、誰かが玄関に入ってきて意味不明のメモを残すということもありえない。
母は不思議に思うだろうけれど、きっと気づいてくれる。
そしてきっと、私の意識は生きている、とわかるだろう。

母が立ち上がる気配がした。
私は母に会うことはできない。
私の姿は他人には見えないが、肉親には見えるらしい。
が、見えてしまうともう、自分の体には戻れなくなってしまうのだ。それが『最期のあいさつ』となる。
母には会いたいが、会うわけにはいかない。

そっとドアを出た。
ドアの向こうで、母がメモに気づく気配がする。
「・・・・風?」
しばらく後に、かすれた声で「ゆきちゃん・・・」と聞こえた。
慌ててボストンバッグを持って靴を履く音が続く。
ああ、気づいてくれた。
『意識の部屋』に戻ると、私のおでこにあたる風はやんでいた。

あ、あけましておめでとうございます・・・(汗)

年末からとても忙しくなり、すっかり更新が滞っておりました。
まさか、これが今年最初の更新になるとは!!

実は、昨年夏頃から大きな波がきまして。
仕事が2つ、増えました(笑)
着付け講師と、着物販売のお仕事です。

去年の夏頃から、着付けを習っていた先生に  「そろそろあなたは教える側になって学びなさい」 と言われていたのですが、まだまだ早い、という気持ちがあり、生徒でいつづけておりました。
が、秋ごろから話が具体的になり、私の自信がつく前に、講師としての仕事が入ったり、 「伝手を使って着物を仕入れてきてほしい」 という依頼が入るようになり・・・、 「もうこれ以上しりごみしていては、仕事の神様に見放される」 と思い、前に進む決意をしました。

スイミングの仕事も好きなので続けますし、カブ電工業のお仕事も続けます。
なので、お仕事は・・・ダブルワークどころの話じゃなくなりました(笑)

施設の方との連絡、指導のプログラム作り、着物の販売を行うために許可を取りに警察やら法務局やらに行ったり、あれこれ調べたり、決めたり、知らせたり・・・・。
とにかく時間が全く足りなかったので、開業前後は、息子を寝かしつけた後に布団を抜け出して、毎晩2時3時まで仕事をしておりました。(今でも夜中に仕事していますが)
妻であり、母であり(あまりいいツマでも母でもありませんが)、社会人であると、結局仕事をするのは睡眠時間を削るしかないので・・・。

この仕事を増やすにあたり、最初にカブトと息子に話をしました。
「家族に一番迷惑をかけると思うけど、この波に乗ってみたいと思う」 という私に、家族は 「がんばって!」 と言ってくれたので、なんとかがんばってみたいと思っております。

もともと、母や祖母から譲られた着物を着たい、という気持ちでスタートした着付け。
これを仕事にするなんて、そんなことカケラも思っていませんでした。
けれど、私の気持ちとは別に、向こうから仕事の波がどんどんどんどんやってきて、それらをこなすことで精一杯になり、そしてもう、仕事に追いつく・・・どころじゃなく、「仕事に追い抜かれないようにする」 ので精一杯な状況になってしまい。
これはきっと、神様が 「これをやりなさい」 と言っているのだと思いました。
ここまでせっつかれて、やらなかったら、きっともう、波は来ない。
仕事の神様は 「ああ、やらない人なのね」 と思って、もう波を送ってくれなくなる。
これでやらなきゃ、男じゃない!!(女だけど)

やるしかない、と思ったその日、シャンパンを買って帰りました。
「なになに?今日って何かのお祝いだっけ?」 というカブトに、 「強制的に一緒に祝ってほしい」 と言って、シャンパンを開けました(笑)
こんなやり方で家族に認めてもらったワタクシなので、がんばるしかないのです。

そんなわけなので、もともと更新が滞っていたこのブログも、なかなか更新できなくなるかと思いますが、元気でやっております!
息子も元気です。
「明日は朝からお着物のお仕事だから、協力してね」 と言っておくと、翌朝は早く朝食を食べて、早く着替えて、早く家を出る協力をしてくれます。(2回に1回は、着替えの途中で鼻歌をうたって動きが止まってますが・・・)

みんなを巻き込んでしまった、この仕事。
なんとかカタチにして、仕事の神様と家族に、「わたし、がんばりました」 と言えるようになりたいと思っています。
あ、お店はWebshopです。 きじばとや です。
よかったら、お立ち寄りください!





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