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ハルと私たちに訪れた、どもりの季節について書いています。

『どもりについて~その1~』
『どもりについて~その2~』
『どもりについて~その3~』から続く、現在の私たちについて書きます。

ハルのどもりは、2014年3月のはじめ(3歳4ヶ月)から始まりました。
今現在は、2014年4月末。(ハル3歳5ヶ月)
私の関わり方を少し母性強めにして、ペースをゆっくりめにして(話すペースも多少ゆっくりめにした)、とにかくハルの心をリラックスさせることに重点を置くようにしたところ。
数日で明らかに変化が訪れました。


元々言葉の発達は早い子だったので、言いやすい言葉をどんどん覚え、置き換えて話すことで 『どもりやすい言葉』 を回避できるようになると、話すときの緊張が明らかに抜けてきた。

どもらずに話せると自信がつくのか、また少しずつ話すようになってきた。

そのうち、どもっても、『どもっていること』 を苦にしないようになってきた。

そして、自分から「おとうさん、おかあさん」 と言葉を戻してきた。


このステップが、数日~1週間くらいで進んで、トータル3週間ほどでした。
どもりの症状が出てから1ヶ月以上経った今は、焦ったときなどはたまにどもるけれど、気にする必要はないかな、という感じ。
多分、知らない人は気づかないと思います。

一番どもりの症状が強かったのは、4~5日間でした。
「あ、症状が強くなった。そしてこれは、思っていたのと違うようだ」と思った日の夜中にカブトと相談して、すぐに対応したのが良かったのかもしれません。
夫婦ともに、「これは技術的な問題ではない」と思ったのが同時期だったのも、子育てや躾の考え方が一致していたことも良かった。
「お前は大げさだ」とか「自分の子供を病気と決め付けたいのか」とか、そういうトンチンカンなやり取りが一切なかったのも良かった。

「俺は、躾の考え方も、ユキコの躾の仕方も、間違ってはいないと思う。でも、丁寧なやり方にシフトするのは悪いことじゃないから、やってみるのはいいと思う。やってみよう。」と言ってくれた。


そしてもうひとつ。
話し合いのときに、私が言ったのは
「ハルのどもりについては、ゆっくりやっていくとして、ひとつ早急に対応しないといけないことがある。
・・・来月のラリーで、2泊3日の間、実家の母にハルを見てもらって、私がハルと離れることになる。ハルに愛情が必要な今、それはやってはいけないんじゃないかとずっと考えてる。明日すぐに代わりのコドラを探そうかと思う。でも上原さんに迷惑をかけることは事実だから、もうコドラはクビになるかもしれない。でもそれも仕方ないと思ってる。」
と言ったら、カブトはこう言った。

「それは短期的な問題でしょ。ハルに対してやることは、長期的なことでしょ。関係ないと俺は思うよ。それに、ハルはばぁばのこと大好きだし、ユキコの代わりにハルを見ていてくれるのは、ハルのことを大好きなばぁばなんだから、ハルに愛情が不足することはないよ。ユキコが離れても、ユキコの愛情がハルから離れるわけではないし」

本当?本当にそう思う?そうかな・・・そうかな。

実は、昼間に母にも同じ相談をしていたのだが、母にも同じことを言われたのだった。
「ゆきちゃん、ハルくんの面倒を見るのは、他人じゃないとよ。ハルくんに愛情をもった、私が見るとよ。大丈夫」

そうだとは思う。長期的な問題と、短期的な問題を一緒にしては違うと思う。
でも。
私は母親だ。理論で決められることではない。冷静に考えることはできても、感情を消すことはできなかった。
でも、母とカブトにそう言ってもらえて安心した。
そう、愛情は離れない。
「本当に必要なときは必ずそばにいくよ。」それを伝える。そしてそれを、ちゃんと実行すればいいのだ。
それが安心感であり、信頼なのだ。
大事なのは、四六時中一緒にいることではない。離れていても消えない、信頼と実績。(どっかの会社のコピーみたいだw)


あるお医者さんが書いていたこと。
「色んな方の相談を見ていると、幼児期のどもりのほとんどは、精神的なものが原因ではないかと感じています。実際に、最近では幼児のどもりは精神的なストレスや環境の変化が原因、と言われていますが、どもりのメカニズムも解明されていないので、これだという原因や解決法は、誰にも分かりません。
けれど、たくさんのケースを見ていると、もしかすると90%、あるいはそれ以上、精神的な原因からくるのではと感じざるを得ません。
そしてそれが、最初の原因をクリアされずに放置されているうちに、いずれ 『自分は話すことが苦手』『自分は話すとどもるのだ』 という精神的2次ストレスになり、ますます話すときの緊張が強くなり、吃音が定着するのでは、と感じています。」

手探りではあったけれど、私が感じていて、避けたかったのはそういうこと。
本当の原因を見逃したくない。それを放置したくない。このサインを見過ごしてはいけない。
どもりを治すことが目的ではなく、サインにちゃんと気づいて、ちゃんと考え、ちゃんと対応する、そのことが必要なのじゃないか。

「これは長くなると思う。小学校に上がる頃までに、少しでもスムーズに話せるようになればいいんじゃないかな。もし、どもりが残っても、そのときはまたハルのストレスにならない方法を考えよう。」とカブトと話していたのだけれど、予想外に早く通り過ぎました。
でも、そのくらい気長に考えたのも、良かったのかもしれない。

どもることは、病気ではない(と、思う)ので、それ自体を直そうと思う必要はない。
でも、どもることで自分自身が辛くなるのなら、どうにかしてやりたい。
そしてそのための手段は、『話し方を直す』という行為ではない、と、私は感じました。

「子供のためならなんだってやる」と言うけれど、このことに関する限り、「なんだってやる」ことは、実はそうない。
具体的な『手段』は、あまり意味はない。
どうにかしたいなら、あらゆる角度から原因を考えて、自分が認めたくないことも認めなくてはならない。
子供に原因があるのではない。原因はそこじゃない。


毎晩悩んで眠れなかったり、泣いたり、それでパンパンの顔で仕事に行ったりもしたけれど。
今では、色んなことを考え直し、確認しあう良いきっかけになったと思うし、ハルが出してくれたサインに気づけて良かったとも思っています。
でも、これから反抗期やら思春期やらで、サインも複雑化してきたり、もっと大変だったりするんだろうな。
いい勉強になりました。未熟な母親でごめんね。これからもがんばるよ。


100人子供がいれば、100通り以上の原因があると思うし、また対応方法も、それ以上あると思う。
だから、「みんな絶対にこうだ」とは思っていません。
でも、私たちの場合、これが正解だったのだと思っています。
いつか、誰かが同じように悩んだときに、「こういうケースもあったよ」と参考になれば。

私はあなたを責めるのではありません。
あなたに原因があると言っているのではありません。
ケースのひとつとして、何かヒントになれば、と思います。

全ての母親に。父親に。


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