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『どもりについて~その1~』の続きです。


ハルを寝かしつけてから、色々調べてみた。
ネット上にはあらゆる情報があふれているので、それらに振り回されるのは愚かなことだとは分かっている。
けれど、私は情報が欲しかった。色んな視点、考え方を知りたかった。
雑多な情報の中にきっと、なにかヒントがある。

ネット上にはそれこそ、『この改善プログラムで吃音が治ります』みたいな広告もあれば、『うちはこういうやり方で治りました』みたいなものもあったけれど、どれもピンとこなかった。
私がほしいのは『どもりを治す技術』ではない、と感じていた。

そして、あるサイトを見つけた。
そこは、吃音に苦しむ人の体験談をただまとめただけのサイトだった。具体的に「こうすれば治りますよ」とはどこにも書いていないけれど、そこに書いてある体験談や相談を読んでいると、ハルとの共通点が多いことに気が付いた。

・ことばの発達が早い子供である
・聞き分けが良い方である
・親の躾が厳しい方である(ガミガミ言う厳しさという意味ではない)

私がずっと違和感を感じていたのは、『幼児期のどもりは、言葉の発達と口や舌の機能、脳の反応のバランスが取れないためです。このため、特に男の子に多いです。男の子は、ことばの発達が女の子に比べて遅いため・・』 というところ。
ハルは男の子だが、むしろ、ことばや知能や精神面の発達は早い方だと思う。
ここがどうしても当てはまらず、違和感がぬぐえなかったのだ。


詳細を書くと長くなるので書かないけれど、このサイトを読んで自分とハルに合わせて考えてみたときに、「ああ。そうだったかもしれない」と思うことがあった。
これは、そのサイトを読んで、自分のことと合わせてたどり着いた結論なので、正解かどうかは分からないけれど、私が思ったのはこういうことだ。


おそらく、私の関わり方に問題がある。
もちろん、全てが間違っているわけではない。愛情の全てをハルに注いでいるし、できる限りのことはしているつもりだ。どの母親でもそうであるように、自分が我が子に注ぐ愛情の強さと深さは、誰にも負けてはいないと思っている。躾の方向性も、やり方も、間違ってはいないと思う。

ただ。
それは私の目線での話。
大事なのはそうではなく、『ハルの視点から見てそうであるか』ということ。
私が愛情を注いでも、そして躾も『ハルのため』であっても、それがハルに伝わっていなければ意味がない。

私はガミガミ言う叱り方は嫌いだし、そんなやり方で通じるとも思えないので、可能な限り『説明して、説得して、納得させる』 ようにしてきた。
けれど。3歳児が、理屈で大人に勝つことはできないのだ。最終的に「わかった」と言うしかないのだ。内容が正論であることは3歳児にだって分かる。けれど、それでも「イヤ!」というのが普通の3歳児なのだ。
「わかった」と納得して感情の整理をしたハルが、そのときどれだけの努力をしているかということを、私は分かっていなかったのではないか。
「わかった」と納得したのを見て、「ちゃんとこの子は分かっている。きっとこれも理解できる」と、段々ハードルが上がってはいなかったか。


「あなたは子供の将来を思うあまり、躾をするときに監督や指導者のようになってはいませんか」
その言葉が私に突き刺さった。

私は元々、あまり母性的な要素が強い方ではない。むしろ父性の方が強いかもしれない。
「そうであるべき」という考えが強く、包容する能力が低い方だとも思う。

躾は、ハルの将来のために必要なこと。けれど、母親としての私が足りてなくはなかったか。



またまた長くなりましたので、つづきます。




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