2012.04.02 お伽話
あるところに、小さな海辺の村がありました。
山があって川があって海があって、とくべつなものはありませんでしたが、人々は平和に暮らしていました。

ある日、海辺の村の長老のもとに、とおくの町からお客がきました。
「こんにちは、ここは良いところですね、広い山も森も、海もある。」

私たちはあの海で魚をとり、子供らは貝をひろって遊ぶ。森では木の実を拾い、きのこも採れるのだ、と長老は答えました。

お客は言いました。
「どうでしょう、あの海辺の一帯を、わたしたちにゆずってくれませんか。私たちの町では土地が足りなくて、必要な建物がたてられないのです。どうしても必要なのです。もちろん、迷惑はかけません」

長老は答えました。
あの浜辺は、魚をとるのに必要だ。
「それに、あんたたちにとってどうしても必要で大切なものならば、自分たちの町にたてた方がいいんじゃないかね?」

お客は言いました。
「魚なら、私たちの町に世界中からたくさん集まります。高価でめずらしい魚もありますよ。あなたがたの村には、特別に多く分けましょう。子供たちも、もう貝を拾わなくていいんです。拾うよりたくさんの貝が、かんたんに手に入るんですから。なにもないこの村が、豊かになるんですよ、いいでしょう」

長老は悲しそうな顔をして、お客たちにうなずきました。


数年後。
ある村の浜辺にたてた建物から火が出て、村のすべてを焼き払ってしまいました。
死んだ人々の中には、なにが起きたか分からないままに死んだ人もたくさんいました。
小さな子供もたくさんいました。
たくさんの人が死にました。たくさんの家が焼けました。
不思議なことに、その後は魚はとれなくなり、作物は育たなくなりました。
人だけではなく、海も地面も、死んでしまったのです。


……海辺の村は、相変わらずとくべつなものはないけれど、人々は海で魚をとり、野菜を育てて食べ、子供たちは貝を拾い、母たちは子供を産み育て、平和に暮らしていました。

あの日、長老がお客たちにした返事はこうでした。
「たしかにここは、とくべつなものはなにもない。どこにでもある村じゃ。けれど村人にとっては、自分たちが生まれて育った、たいせつな、ひとつしかない村じゃ。だから浜辺の土地はゆずれんよ。すまないが」



どこにでもある、普通のお話。使い古された、よくあるお話。
実現困難だからこそ。
お伽話。


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