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2013.06.23 最近の語録
2歳7ヶ月のハルの、最近の語録。

「プス」:もはやおなじみ。フォークは言えるのに。どこまでこれでいくのだろう
「シンミンモー」:これも定着した感のある、『しまじろう』。
「タックイーン」:カーズのマックイーンのこと。「ダックイーン」から濁点が取れましたw
「ビーオービー」:DVDのこと。「ビービーキー」から、「ビーオービー」になりましたw
「オカシャナ」:オサカナのこと。鯉のぼりも、食べるお魚も、全部こう言います。
「プクプク」:ラッパのこと。
「ハピチュチュ」:はちみつのこと。かわいいすぎるw
「ゴアン」:ごはんのこと。「ご」から「は」に発音を移行するのが難しいのかな
「シュプ」:スープのこと。おみそ汁もスープです。サ行は発音が難しいらしい
「まっくあ」:枕のこと。「まっくら」と非常に似ているので、状況で察する必要アリ。
「ダママナ」:バナナのこと。4文字になるので、バナナの歌を歌うと字余りに


いつの間にか、携帯のことを「マノー」と言わなくなり、ちゃんと「ケイタイ」と言うように。「マノーどこ?」と聞いても、もう携帯とは認識しなくなりました。結局、なんでマノーだったんだろう?
そうそう、auのことも、ちゃんと「エーユー」と発音するようになり、もう「アウ」とは言わなくなりました。ちょっと残念w


文字や数字は記号として覚え始めたらしく、自分の名前は、ひらがなで書いてあれば分かります。これはかなり以前から。保育園効果かな。

先日、『激闘!警察24時』みたいな番組を見ていたときに、DVDを持ってきて「オナジ!オナジ!」とアピールしてきた。
一体なにが同じなのか、さっぱり分からない。
・・・・・あっ!!
画面右上に書いてあるテロップ。『DV夫を逮捕』。DVDに印刷してある文字。『しまじろうおためしDVD』。
あーあーあーー!!『DV』と『DVD』ね(笑)!!


「バナナ」がどうしても「ダママナ」になるので、1文字ずつリピートさせて練習してみた。
「ハルくん、一緒に言ってみて。・・・バ!」「バ!」
「ナ!」「ナ!」
「ナ!」「ナ!」
「バーナーナ!!」「ダーマーマーナ!」
ちがっ!!w


「じゃあ今度はこれ。は!」「ハ!」
「ち!」「チ!」
「み!」「ミ!」
「つ!」「ツ!」
「はーちーみーつ!」「ハーピーチューチュ!」
かわいい・・・今後訂正しないでいこうw


で、このリピート練習が気に入ったらしく。今度は息子がリードをとりだした。
「ハルくん(もやる)!」「お、ハルくんがやるの?いいよ、教えてー」
「バ!」「ば!」
「イ!」「い!」
「チュ!」「ちゅ?」
「シェ!」「しぇ??」
「ハウ!」「ハウ・・」
「ゴ!」「ご?」
「ダシュラギゴワ!」「ダシュラギゴワ!・・・何もかもが違うじゃん(笑)!!それにダシュラギゴワて何!!」



語彙は驚異的に増えたけれど、舌や唇の動きはまだついていかないようで、解読不能な言葉もたくさん。それをすぐに理解してあげないと、烈火のごとく怒る(汗)
理解してほしいなら、もっとゆっくりはっきり発音してよ!!と思うが、まあ仕方ない。こちらも必死に、状況と言葉を合わせて解読を試みるしかない。
しかし面白いもので、カブトよりも私の方が、解読率は遥かに高い。というより、私にしか分からないというケースがほとんど。
一緒にいる時間も長いから、耳が慣れたのもあるし、状況や経験から推測できることが多いからだろうと思うが、単なる勘というケースも多い。
「今の、なんで私わかったんだろう!?」と自分でびっくりするくらい。

やっぱり母親ってすごいわー。と自分で自分に感心しますw







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最近、思うこと。
ハルに言葉のブレイクスルーがきた!!

と言っても、劇的に言葉が増えたとか、ものすごいペラペラ会話するようになったとかじゃないです。
2歳半あたりで3語文が出てきて、日本語らしくなってきたなあというあたりから、文章力や語彙力に関してはそんなに変わってない。(まだ1ヶ月すぎたくらいだし)

すごいと思うのが、『要求を満たすために必ずしも必要ではない言葉や表情を使うようになった』こと。


たとえば、朝起きたときに父親がいなかったとき。
以前は、天井を見ながら誰に言うでもなく「おとーしゃんどこー」だったのが。
隣のお布団を見て、くるりとこちらを振り向き、「おとーしゃん、どこ?」と、表情を交えて私に聞いてくる。
どう違うか、というのを説明するのは難しいんだけど、私たち大人が会話するようなタイミングや表情、動きになった。

たとえば、私たちに話しかけたいとき。
以前は、相手が寝てようが忙しかろうがどうだろうがお構いなしで、自分のペースで「おとーしゃん!これ見て!」「おかーしゃん、これ!」と、相手が振り向いたり起きるまでひたすら繰り返すとか、力ずくで体に乗っかるとかの一方通行だったのが。
最近は、「ねえねえ、これ見て。」「おとーしゃん、起きてー、ねえねえ」
この「ねえねえ」が、今までと違う。
一本調子でただ要求をぶつけてたのと違い、相手の注意を引いてから自分の話をしようとするようになった。


あと、こちらから聞いてもいないのに、「ほいくえん、いったの」「エービーシー、したの」「ハルくん、エンエンしたの。ここ、ゴーンして、エンエンしたの」とか、報告して教えてくれるようになったり、「おとーしゃんと、おかーしゃんと、ハルくんと、プールいった」とか、思い出話をしたり。


こちらの話に、「あ、そうなんだ」とかの相槌を打ったり(笑)


「これかな?」「これじゃない?」というやり取りの後に、「あっ、こっちか」とかつぶやいたり。


「だいこん、しゅき。ほいくえん、しゅき。にんじん、しゅきなーい。よーぐると、しゅき。」とか、自分の好みを伝えてきたり。



どれもこれも、自分の要求を伝えてかなえてもらうための会話でいいのなら、不要なものばかり。
そういうものを一気に発達させてきたということは、言葉をコミュニケーションのツールとして使うようになったということなんだろうと思う。
「言葉を話す」から、「日本語を話す」にシフトしてきたかな。


こうして考えると、会話の豊かさというものは、こういった『必ずしも必要ではないもの』の集まりなのかもしれないなと思う。
用件だけを伝え合うのではなく、ちょっとした言葉に心が見える。

わずか2歳と7ヶ月だけれど、ついに息子は日本語を話すようになりました。と、思います(笑)








今朝見た夢。

私は高校生になって、京都に修学旅行に来ている。
集団での見学時間が終わり、自由時間になった。
みんな「やったー!」と友達同士でそれぞれの行きたかったところへ向かってゆく。

ポツンと残った私。


・・・・・あれ。
そういえば私、いつも誰と仲良かったっけ?

そっか、特にいなかったかも。
トイレにも1人で行ってたし、お弁当も本を読みながら自分の机で食べてたし、移動教室のときも1人で歩いてた。
別に友達がいないわけじゃないけど、「いつもこの人」っていう友達はいなかったかもしれない。
そっか、そういう風だと、こういうときに1人になるのか。

仕方ないので、1人で観光してお土産を買いに行ってみる。
かわいい小物を売っているお店があったので入ってみると、同じクラスの女の子たちが4人ほどいた。
「これかわいい!」「これいいー」とか言いあって、小物を選んでいる。
お店のおばさんは私も同じグループと思ったようで、「それ5個買うなら少し値引きするよ」とか「色違いにもできるよ」とか勧めてくる。
同じ制服を着て、同じ名札をつけていれば、そう見えるんだろうな。

次のお店に入ってみると、そこにも同級生たちがいた。
みんなでスイーツを選んでいた。
お店の人は、私を「後から遅れてきた、同じグループの子」として見ている。なんとなくそれが居心地が悪かった。

私はお店を出て、若い女の子が好みそうにない小さな喫茶店に入り、甘いものとお抹茶のセットを頼んで、窓際に座ってみた。
美味しい京都のスイーツ、美味しいお抹茶。
別にみんなと同じ小物がほしいわけではない。みんなとお土産を選びたいわけでもない。
でもなんだか、寂しい。

彼女たちはみんないい子だ。私をいじめているわけでもないし、仲間はずれにされているわけでもない。
私も彼女たちを嫌いなわけではない。
ただ私が、誰とも特に仲良くしてなかっただけのこと。
何かあれば話しかけるし、雑談もする。ただ、トイレでも何でも行動を共にすることをしなかっただけ。特定のグループに属してなかっただけのこと。
別にひとりになりたかったわけではないけれど、だからといって特定のグループに入って、何でも行動を共にするのも違うと思った。

みんな修学旅行の計画を立てるときに、「あそこに行こう、ここに行こう」と話してたんだろう。
自由時間になったら嬉しくて、「行こう!」ってなって行っちゃっただけのこと。
私をわざと置いていったわけではないことも分かっている。
私もそれが悲しいわけではない。

でも。
なんだろう。
なんだか寂しいというか、しっくりこないというか。

そうか。
ひとりでいることが寂しいのではない。
ひとりでいることが、なんとなく不自然になってしまうこの状態が、しっくりこないんだ。

大人になったら、平気になるのかな。


窓の外を楽しそうにすぎてゆく同級生たちを見ながら、そう思った。



















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