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私は季節の変わり目が苦手だ。

と自覚したのはつい最近のことなのだけれど、振り返るたびにいつもそうだったなと思う。
悩むのは、生き方のこと。ここ数年は仕事についても悩むようになった。

悩む内容はいつも同じで、「このままでいいのか」「もっと取るべき道や方法があるのではないか」「今と同じ日々をすごしていて良いのか」。

別に、今の仕事や生き方を後悔しているわけではない。
資格取得で云々だのカフェ経営だのフラワーアレンジ講師だの独立開業だのとかの乙女チックな夢を見ているわけでもない。

ただ、今の延長をそのままで生きていっていいのか、ということがいつも気になる。
いつも一所懸命に仕事には取り組んできたつもりだし、「今までの何かをやり直したいですか」と聞かれたら、「今までの全ての選択は間違っていなかったと思うし、間違っていたとしてもやり直したくはない」と答える。
でも、「もっと何かができるのではないか」「そのためには今、何か選択するべきではないか」と思ってしまうのだ。

なんだろうね、季節が変わることによって、時がすぎてゆくことを感じて焦ってしまうのかな。



先日、またそんなことを考えていたら眠れなくなってしまって、夜中の2時に寝ることをあきらめて布団を抜け出し、リビングで1人焼酎を飲んだ。
アルコールというのは偉大なもので、私の考え事はいつしか「私の行き方はこれで良いのか」 から 「岡田以蔵の生涯について」にすり替わってゆき、おかげで朝を迎える前に眠りにつくことができた。(さらに岡田以蔵についても少し詳しくなった)


それでふと思い出したのだが、私のこの癖ともいうべき悩みは、福岡に住んでいた頃からあったように思う。
とてもとても深刻に悩み、ついに母にその悩みについてざっくりとではあるが打ち明けたことがある。


思うに、今の世の中は選択肢が多すぎて、でもその選択肢全てを知ることはできなくて、だから自分の知っているものの中から選ぶのだけれど、自信を持って「これ!」と言えるかと言うと、そうはできなくて。

「私はさー、やるべきことがはっきりすれば、それに集中してがんばることができるわけだから、いっそのこと江戸時代とかに生まれてしまえば楽やったかもね。この身分だとこういう仕事にしか就けなくて、しかも女性だから選択肢は非常に少なくて、もう、『これしかない』って時代やったやん?
そしたらさ、こんな風に迷うこともなく、女中奉公とか農家の仕事とかお店のおかみさんとか、そういう仕事に集中して迷うこともなかったかもしれんね」


すると母がひとこと。


「あんた江戸時代に生まれとったら、百姓一揆の首謀者になっとうよ、絶対」



ああーーーーーーーー。


なりそう(笑)!!!!!




結局、いつの時代に生まれても、面倒くさい女になってそうですorz
こんな自分を持て余すわー。







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ハルはおしゃべりはできるけれど、「今日保育園で何があったよ」とかはまだお話できない。
でも、楽しそうに踊ったり歌ったり、何か新しい遊びをやったということは、様子を見ていればわかる。

先日、一緒にお風呂に入っていたら。
突然ざばっと湯船から立ち上がり、「マーミーマーミーチュッチュルチュッ♪」と、腰を振りながら踊りだしたΣ(゜□゜;)
「マーミーマーミー」のところでは、人差し指を立てて交互にタイコを叩くような振りをして、
「チュッチュルチュッ♪」では、人差し指を唇の前でクルリンと回し、最後は「チュッ!」とかわいくはねる。

なんてかわいい踊りなのーーーーー!!!(゜∀゜)ホレソウ



あまりにかわいいので、翌日のお迎えのときに、先生に聞いてみた。
「こう、こういう歌で、こういう振り付けなんですが・・・」
「んー?そういうのはないですねえ・・・ああ、納豆納豆ネーバネバ!ですか?」
「いや、マーミーマーミーチュッチュルチュッ!です。そういう振り付けじゃなくて、こう・・・こうです」

先生の前で踊ること数回。(はずかしすぎ)
やっと謎がとけた!!
「あーー!!わかりました!ラーメンラーメンつーるつる!ですよ!」

しかし実際の振り付けを見ると、「ラーメンラーメン」のところでは「いーとーまきまき」の要領で両手をぐるぐる回すだけで、「つーるつる」に至っては、お箸でラーメンを食べるしぐさをするだけ。

ハルのアレンジかわいすぎwwwww


先生たちも、「なにそれ、かわいーーー(笑)」と大笑いw




で、先生たちが言うには、「ハルくんはお歌がとっても上手なんですよ!朝の会で歌う、インザモーニン~、インザモーニン~♪って歌、すごく上手ですよ!」とのこと。
エイゴじゃん!!保育園の朝の会、すごいな。

ちなみに一番好きな歌は、英会話の授業で歌うやつらしいのだが(題名は不明)、そのときに出てくるポテトの絵カードが怖いらしく、先生が「ポテイト~♪」とカードを出すと、「ヒィ~~!!」と言って泣くらしいwww
「でも、そのお歌は大好きなので、なるべく見ないようにしてハルくんは歌うんです(笑)で、見ないようにしているんですけど・・・ときどきチラッ、チラッと見ては、ヒィーーってなるのがおかしい」らしいw


ああ、授業参観とかがあればいいのに!!(´□`)ミタイヨ








今、ハルは2歳をすぎて、ものすごい勢いで言葉を習得中。
以前にも書いたけど、言葉というのは 『蓄積 → 理解 → 表出』 というステップを経るわけですが、表出の段階でもひとつのハードルがあります。
それは 『発音』。

何を言ってるかは聞き取れるし聞きわけられるけど、それを自分の口でどう発音すれば同じ音が出るのか。
しかもまだ生まれて2年程度で、舌も口もまだ経験不足。
そのため、上手くいえない言葉は、とりあえずの言葉としてそのまま使うことに。
ハルの場合、こんな感じ。


【正しいことば】   【とりあえずのことば】

「スプーン」 → 「プス」(パップスの省略形から未だ進化せず)
「ケイタイ」 → 「マノー」(なぜマノーなのかは不明。実はケイタイ、と既に言えるのだが・・・)
「おさら」  → 「おしゃだ」(「ら」行は難しいらしい)
「マックイーン」 → 「ダックイーン」(「ま」行も難しいらしい)
「デザインあ」 → 「ジャッ、アッ!」(お気に入りの番組名。さすがに「デザイン」は難しそう)
「やじるし」 → 「シルシル」(やじるし、の「じるし」あたりをフィーチャーしたらしい)
「しまじろう」 → 「シンミンモー」(なぜこうなるのか不明)


他にもいろいろあるのだが、まあざっとこんな感じ。
「プス」「おしゃだ」「シルシル」あたりは理解できるが、「マノー」「シンミンモー」は意味不明。
なぜに「しまじろう」が「シンミンモー」になるのか。なんだか沖縄の料理とか風習とか、そういうもののような名前になってしまっている。
このあたりは、親でないと理解できない。まあ「マノー」も「シンミンモー」も緊急性のあるメッセージには使われないので、特に問題はないが。


ちなみに、「デザインあ」の番組を見るうちに、ひらがなの「あ」だけは見分けることができるようになったハル。
車で走っていて、看板に「あ」の文字を見つけると大喜び。「ジャッ、アッ!ジャッ、アッ!」と指差してアピール。ここで「あー、ほんとだ、あそこにあるね!」と気づいてあげないと機嫌が悪くなるw
で、「あずまクリーニング」みたいに、他のひらがなも並んでいる場合は、「ミンナ!ミンナ!」と表現する。
「ミンナ」かあ。なるほどねえ。
ハルは「その他大勢」的な表現は、「ミンナ」で表す。
どこかずれている表現だけれど、なんとなく言いたいことは分かるなw

「ミンナ」。便利ね。







2013.02.15 言葉の獲得
ハルはもうすぐ、2歳と3ヶ月になります。


以前に書いたように、もう言葉は『いくつ言える』『何を言える』の時期をすぎ、『使い方』の段階に入っております。


発音の簡単な単語ならすぐに言えるし(脳にインプットされるかは別)、日常で使う言葉は大半理解しているけれども、難しいのは、状況や概念を表す言葉。


仕事を終えて保育園に迎えに行くと、帰りの車の中では「DVDみる」「カーズみる」「クインテットみる」とかの要求ばかり。
そんなDVDばっかり見せたくないし、そもそも二代目にはそういうものついてませんし(笑)
「おかーさんのブーブでは見られません」と言うと、「マノー(携帯でみる)」とか要求してくる!!さすが現代っ子Σ(゜□゜;)

できれば車に乗ってるときはそういうのばかりでなく、景色とかを見ててほしいのであまり見せないのだが、そのうちに「パイパイのむ」とか「だっこっこー」とか「オモチャとって」とか、今は無理な要求を次々に言い出してくるので、「おうちに着くまで待って」と言うけれど、もちろんそういうのは理解できず。

はじめは、ぐずるハルの相手をあれこれしていたのだけれど、そうしてると運転に集中できないし、結局それくらいではハルも納得しないでますますぐずりだすしで、あまり良い状態にならなかった。
ということで、2週間くらい前に決めたのです。


「運転中はできません!」これで通す。


もちろんそんな言葉、ハルには分からないので、ウギャー!となる。
でも、運転中にあれこれやるのは良い結果をうまない、と考えたので、理解するまでこれでいくことにした。
すぐには理解できなくても、3歳くらいには理解できる能力を獲得するだろうし、理解するためには、「運転中にはそういう対応はできない」ってことを経験させていくしかない。

そう、言葉では理解できないのだから、経験の蓄積しかないのだ。


ってことで、「おかーさん運転中でしょう?運転中はできません」を通してみた。
最初の1週間はとにかく騒いだ。「そんなことわからない!ぼくの言うこときいて!」って感じで大騒ぎ。まあ、そりゃそうだろうな。

でも、次の1週間あたりから、ちょっとあきらめることを覚えた。
それまでは動画か何かを見るまでは納得しなかったけれど、段々景色を見るようになり、私と歌を歌ったり、おしゃべりしたりで納得するようになってきた。

そして、数日前。



「クインテット!パイパイのむー!だっこっこー!」といつもの要求をしてきたので、「運転中よ」と言おうとしたところ、「パイパイ・・だっこ・・・おかーしゃん、ウンテンチュー」と、私を指差して言うではないか。

え!?と思って隣を見ると、「おかーしゃん、ウンテンチュ。デキナイ」と言って、ひとりでうなずいて納得している模様w


すごい!!理解した!!!



まだ2歳。でも、もう2歳。
日常の会話の8割から9割は理解しているし、日常生活の流れも理解している。
ハルは車に乗ることも多いから、きっと毎日の積み重ねでこれも理解できるだろうとは思ってはいたが、こんなに早いとは。


また、CDをオーディオにかけて「みるー!みるー!」と騒ぐので、CDとDVDの棚(別々にしている)を指して、「こっち(CD)は見れない。こっち(DVD)は見られる」と教えたら、これも最初は「そんなのきいてないーー!!みるーーー!!!」と騒いでいたけれど、あるとき突然、棚の前で、
「※▲~◎(CDの棚を指して)、ミレナーイ」
「※■×♪(DVDの棚を指して)、ミレルー」と私たちに説明してきたw

これも根気よく教えてたら、2週間くらいで覚えました。
2歳児、思ってる以上の能力をもっているようです。



この時期の子供を見ていると、「言葉というのはこうして獲得していくのだなあ」と、よく分かります。
『世界の中心に自分がいる』状態から、『世界の一部として自分がいる』という状態に移行してゆく過程で、言葉はとても大事なツールとなる。

人類の特徴を、『言葉をコミュニケーションツールとして使う』生物であると考えると、今の時期の子供は、人類が進化してきた過程に似てるのではないか、とも思うのです。
母親のお腹の中ではサカナ→爬虫類→哺乳類、という進化を辿るように成長し、生まれると今度は2足歩行→言葉の獲得、という進化を辿る。

子供の成長というのは、なかなか興味深いです。


あ、そうそう。
「とーと」「かーか」だった時期は意外と短くて、あっという間に「おとーしゃん」「おかーしゃん」になりました。
時々私を指して「おとしゃん」と言って慌てて「おかーしゃん」と言い直したりすることもありw

私のことは、切羽詰ると「マンマー!」となるのは今でも変わりません。だから「マンマー!」と呼ばれたときは、相当必要としているな、と分かります(笑)





2013.02.12 ブスのほめ方
先日コンビニで、「正しいブスのほめ方」とかいう本を見つけた。
まあ買うようなものではないので、ちょっと立ち読みだけしてみたんですが。


目がかわいいとか、声がいいとか、その人の良いところを大げさにほめるのかなーくらいに思っていたら、

「ボク、○○さんと出会えた事で人生の運を使い切っちゃったと思うんですよね!」
「○○さんがいるのといないのとでは、飲み会の盛り上がり方が違いますよね!」
「赤が似合いますよね!」

とか、もう全然違うベクトルで攻めるって方法でした。
赤が似合うとか、別にほめてもいないけど、なんとなく悪い気がしないのはなんでだろう。

あと、ハゲてる人に、全然知られていない海外の俳優の名前を出して「○○と似てるって言われませんか?」とか。

なるほどねー。






・・・・・・って、あっっっ!!

わたし、「赤が似合うね」って言われたことあるYO!!Σ(゜□゜;)


2013.02.05 別れ
先日の話ですが、とても大好きで尊敬する大切な人が、空へと旅立ってゆかれました。

同じマンションに住んでいた幼馴染のお父さんで、私たちは「パパ」と呼んでいました。
我が家の父は週末もほとんどいなかったので、パパは私たち姉弟を自分の子供と一緒に車に乗せて、やれキャンプだ海水浴だ原のダイエーだと、本当にあちこち連れていってくれました。

裏山から木きれを拾ってきて工作したり、竹で笛を作ってみたり。
今考えると、ノコギリや工具を子供たち・・・例え家族ぐるみのつきあいでも、そういうものを小学生低学年だった私たちにも同じように使わせてくれ、教えてくれたことは、なかなかできないことだと思う。
自分の子供と同じように遊んでくれ、自分の子供と同じように叱ってくれた人。

駐車場の裏、ひんやりした日陰の記憶。
そこだけにぎやかで気温が高く、いつも誰かが怒られたり泣いたりケンカしたり、そしてまた大笑いしたり。

みんなで山にキャンプに行ったとき。
夜中に大雨になり、子供たちを全員テントに入れて、土砂降りの中パパが1人でテントの周りに溝を掘り、なんとかキャンプを続行できるようにしてくれた。
結局、それどころじゃないレベルの大雨になって危険になったので夜中に撤収したのだけれど、「なんとかキャンプをやらせてやりたい」と思ってくれた(当時はそんなパパの気持ちに気づきもせず、子供たちはイベント気分でテントの中で大喜びだったのだが)、パパがシャベルで土を掘る音とテントを叩く雨の音が、今でもはっきりと思い出せる。

パパの車で、大橋純子のテープをかけて、子供たちみんなで大合唱した記憶。
「次の恋が見つかるまで、この部屋で暮らしなさい~♪」と合唱する私たちを、運転席から振り返り「意味がわかって歌いようのかね」と笑った横顔。



私は結婚して福岡から離れ、ずっと疎遠だったのだけど、つい去年、Facebookで再会して、またやり取りするようになり。
「ゆきちゃん、あんた昔から全然かわっとらんね!」
と言われたときの、あのなんともいえない幸せな気持ち。


もっともっと色々話せると思っていた。
もっともっと、色んなことを教えてもらえると思っていた。
もっともっと、歌声を聴けると思っていた。
もっともっと、一緒に笑えるんだと思ってた。



でも、その日は突然きてしまった。

訃報を聞くつい1週間前に、ふと「私たちの親も、パパもママも、もう若いわけではないんだなあ」と思い。「自分の親ではなくても、いつかその日がきたら、必ず帰ろう」と思ったことがありました。
パパがそんなに悪いなんて全く知らなかったから、あれは虫の知らせだったのかもしれません。
そう思っていたのに、いざ現実となると、朝の通勤ラッシュの電車に、まだ2歳のハルと一緒に乗って空港に向かうことはとても困難で、最後のお別れもできなかった。
最後の最後まで、親不孝な娘でした。


こんな話、書くべきかどうか迷っていました。
書いちゃいけない話ではないけれど、私なんかが文章にしたって何の足しにもならないし、誰の悲しみも癒されるわけでもない。

でも。
これを読んでくれた人にも、ちょっと振り返ってほしいなと思って、書くことにしました。

自分の親、お世話になった人、友人。
日々の生活に追われていてなかなか会えないし連絡もとらないけど、誰にでも大切な人って、いると思います。
その人の年齢がいくつであれ、別れのときは突然くるかもしれません。
まだまだ時間がある、と思わずに、そのつながりを大切にしてほしいと思います。

私たち姉弟は、実の両親のほかに、もう1人ずつ、パパとママをもつことができた。
血は繋がっていないけれど、2人の弟と、1人の妹ももつことができた。
そして数え切れないほどの思い出ができた。
それってものすごく幸せなことだと思う。

形は違っても、誰にでもそういう存在や思い出があると思うのです。
そういうものを、大切にしてほしいなと思います。
そして、今いる大切な人とのつながりを、もっともっと大事にして、決して手放してほしくない。
こうして1人、また1人と、年長者(とは限らないですが)が旅立ってゆく中、残ったみんなで手をつないで、共に支えあって、みんなで見送り、そしてまた歩く。

そうしていかないと、老後が寂しいよ!(いきなり話が老後に飛んだw)
飛躍しているようだけれど、人を見送るたびに、そういう思いになるのです。
伝わるかなあ。
難しいかなあ。


うまく伝えられなくてもどかしいんだけど、ちょっと考えてほしいなと思って、この日記を書きました。
ううん、自分の文章の拙さが悔しい。


今でも私の耳には、あの声が響きます。
そしてその人だけの言い方で、「ゆきちゃん、あんたねえ・・・」と今でも言ってくれるのです。
ありがとう。ありがとう。






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